
先週月曜日、スイスのジュネーブで開催された「第1回国際時間逆行サミット」では、各国の首脳陣が集結し、過去の失言をなかったことにする画期的な試みが行われた。世界的な政治不信の高まりを受け、失言による信頼低下を挽回するための前代未聞の国際会議となった。
「言ってしまったことは取り消せない」という従来の常識を覆す「時間逆行技術」を開発したのは、スイスアルプスの山中に本部を置く「国際時間逆行研究所(ITRI:International Time Reversal Institute)」。創設者の一人であるハンス・ツルッケンマイヤー博士によれば、「われわれはみな未来からやってきた研究者」だという。もっとも、研究所のウェブサイトには「詳細は時空連続体の安定のため非公開」とだけ記載されており、身元確認は困難を極めた。
サミット初日には「失言消去ボタン」と呼ばれる装置が公開された。鮮やかな赤色の大型ボタンは、押すと特殊な「時間波動」を発生させ、過去の発言をなかったことにできるという。アメリカのバイデン大統領は「私はかつて… あれ、何を言おうとしていたんだっけ?」と壇上で発言。これは明らかに「失言消去ボタン」のデモンストレーションだったとみられる。
フランスのマクロン大統領は「もう政治家は発言前に三回考える必要がなくなる」と歓喜の表情を見せた。ロシアのプーチン大統領はオンライン参加ながら「私は常に正しいことしか言わないので、この技術は必要ない」と述べつつも、何やら裏でボタンを連打しているような音が聞こえたという。日本の代表も「増税しないと言った記憶はない」と不思議そうな表情で話し、会場は困惑に包まれた。
驚くべきことに、サミット期間中、世界各国の市民からは「あの政治家の失言、なんだったっけ?」という投稿がSNS上で相次いだ。特に「#もし過去を変えられたら」というハッシュタグは世界的トレンドとなり、「小学校の運動会で転んだ瞬間を消したい」「元カレへの告白をなかったことに」など、市民の素朴な願望が数百万件投稿された。
政治風刺漫画家たちも「失言のない世界」をテーマにした作品を次々と発表。特に人気を集めたのは、首脳陣が全員口にファスナーをつけた姿で会議をする様子を描いた「ジッパー・ポリティクス」シリーズだ。「そもそも何も言わなければ失言もない」という皮肉な作品は、各国で出版された単行本が軒並み完売となった。
しかし、サミット最終日に驚きの展開が待っていた。最後の実験として、各国首脳が一斉に「失言消去ボタン」を押したところ、予期せぬ「時間逆行の逆流現象」が発生。過去数日間に消去された全ての失言が一気に復活するという事態となった。研究所のツルッケンマイヤー博士は「これは…予想内だった」と動揺を隠せない様子で説明した。
各国首脳陣は当初パニックに陥ったものの、予想外の結末を受け入れる姿勢を示した。ドイツのショルツ首相は「失言も含めて人生、政治も同じだ」と哲学的な発言で会場を沸かせた。イギリスのスナク首相も「我々の言葉には責任が伴う。それは過去も未来も変わらない」と締めくくった。
サミット閉会後、各国首脳はこれまで以上に発言に慎重になった様子だ。あるG7関係者は「首脳会談での雑談が激減した」と証言している。一方、国際時間逆行研究所の面々は忽然と姿を消し、研究所の本部とされる場所には「近日オープン・高級チーズフォンデュレストラン」の看板だけが残されていた。
政治家の失言を消す壮大な試みは失敗に終わったが、このサミットは「言葉の重み」を再認識させる機会となった。私たち市民も、SNSへの投稿や日常会話での発言に今一度注意を払い、時に失言を笑い飛ばす余裕を持つことの大切さを教えてくれている。なお、記者も先日の編集会議で「締切なんて守れるわけない」と発言したことを取り消したいが、どうやら時間逆行技術はまだ我々の手には届かないようだ。(バス停で30分待っても来ないバスを待ちながら執筆)