
首都圏を中心に家賃高騰が続く中、奇妙な「解決策」を提供する団体が注目を集めている。日本呪術師協会(本部:東京都新宿区歌舞伎町地下8階)が先週末から開催している「呪文で家賃を下げる方法」セミナーだ。参加費3万円、定員30名のこのセミナーは、なんと開催発表から12分で満席となった。
同協会の五十嵐夜叉丸会長(42)によると、「古来より伝わる特殊な音階と言霊の組み合わせにより、大家や不動産会社の潜在意識に働きかけることで、家賃の引き下げが可能になる」という。取材に応じた五十嵐会長は黒いローブを身にまとい、目の下には不自然な隈が浮かんでいた。どうやら徹夜で呪文の研究をしていたようだ。
協会の正体については謎に包まれている。登記情報を調べると、設立は「令和元年閏13月32日」と記載されており、明らかに存在しない日付だ。事務所を訪ねると、そこには「占いバー・月詠み」という全く別の店舗があった。店主の話では「地下8階なんてない。うちのビル、地下1階までしかないから」とのこと。不思議なことに、協会の電話番号に電話をすると、必ず留守番電話が応答し、「只今、異次元との交信中です」というメッセージが流れる。
セミナーの目玉は「家賃削減の書」と呼ばれる古文書だ。協会によると、江戸時代に家賃の取り立てに苦しんだ浪人が、大家の夢に毎晩現れるよう編み出した呪文が記されているという。この書に記された呪文を毎晩寝る前に108回唱えると、「大家の心に慈悲の念が芽生え、家賃が下がる」そうだ。参加者は「家賃削減の書」のレプリカ(実費3,980円)を購入することもできる。
セミナーに参加した会社員の山田さん(28)は「家賃が手取りの4割を超えて生活が苦しい。もう科学ではなく超常現象に頼るしかない」と真剣な表情で語った。別の参加者、佐藤さん(35)は「呪文を唱えながら大家さんとの契約更新に臨んだら、なぜか家賃が2000円上がった」と肩を落とす。協会側は「呪文の唱え方が不十分だったのでしょう。追加レッスン(2万円)で修正できます」と提案していた。
セミナーでは全員で「家賃ゼロの呪文」を唱和する時間もある。「やすくなれ・やすくなれ・げんきん・げんきん・おおやさん・すまいる・こんとらくと・ぜろえん・たのむ」という呪文を、両手で三角形を作りながら唱えるという奇妙な光景が展開された。隣の会議室で開催されていた不動産投資セミナーの参加者が「なんか寒気がする」と途中退室する一幕もあった。
セミナーの学術的根拠を提供しているのが、「国際呪術大学」の月影教授だ。「家賃は社会的合意によって成立している幻想のようなもの。その幻想を別の幻想で上書きするのが呪術の本質です」と話す月影教授。しかし、調査の結果、国際呪術大学なる教育機関は存在せず、月影教授の名刺に記載されたメールアドレスは「[email protected]」という個人アカウントだった。
不動産業界からは当然ながら批判の声が上がっている。日本賃貸住宅管理協会の広報担当者は「契約書と呪文、どちらが法的効力を持つかは明白です。呪文で家賃が下がるなら、我々も呪術師を雇って家賃を上げる呪文を唱えることになるでしょう」と冷ややかだ。法律の専門家は「呪文による契約変更の判例はない」とコメントしている。
参加者全員にその後の状況を調査したところ、実際に家賃が下がった例は確認できなかった。しかし参加者の87%が「なんとなく心が軽くなった」と回答。また23%が「大家さんへの恨みつらみが減った」と答えている。心理的効果は否定できないようだ。
呪術師協会は次回セミナーとして「念力で株価を上げる方法」を計画中だという。既に金融庁が注意喚起を出す事態となっている。日本の住宅問題が深刻化する中、非科学的な解決策に走る人々の姿は、ある意味で現代社会の歪みを映し出しているのかもしれない。私自身、吉祥寺の家賃に苦しむ身としては、少しだけ呪文を唱えてみたい誘惑にかられた。でも猫が2匹いるからか、「にゃー」と終わる呪文しか思いつかない。これでは家賃は下がるどころか、アレルギー症状だけが上がりそうだ。