
ペットブームが加速するなか、「動物セレブリティ」の人気が高まり、インスタグラム上で10万フォロワーを超える人気猫や犬たちのサイン会が全国各地で開催されるようになった。そんななか、突如として登場したのが「肉球認証システム」だ。サイン会に集まった飼い主たちが求めているのは、もはや人間のサインではなく、SNSで人気を博している動物たちの「肉球サイン」なのである。
「最近、偽造肉球サインが横行しているんです」と語るのは、本年4月に設立された一般社団法人ペットサイン認証協会の会長・犬養猫彦氏(58)。同協会の調査によると、人気犬猫のサイン会で配布された肉球サインの約28%が偽造品だという。「特に『モカちゃん』や『たぬきくん』など、フォロワー数30万を超える超人気ペットたちのサインは、メルカリで10万円以上の値がつくこともあります。これは深刻な問題です」と犬養氏は眉をひそめた。
そこで登場したのが、名古屋工業動物大学(架空)が開発した「肉球認証システム」である。同大学の動物工学部教授・肉球太郎氏(45)によると、「犬や猫の肉球パターンは指紋と同様に個体識別が可能で、その精度は99.9987%に達します」とのこと。さらに驚くべきことに、同システムは肉球の微細な皮脂分泌パターンまで分析し、当日の体調や気分まで読み取れるという。
「例えば、少し左上に傾いた肉球スタンプは『今日はちょっと機嫌が悪い』ということを示しています。右下に偏った場合は『お腹が空いている』サインです」と肉球太郎教授は熱く語る。
取材中、私は何度もくしゃみを繰り返した。実は猫アレルギーなのだが、この取材のために3日間の抗アレルギー薬を準備してきた。それでも肉球認証研究所(これも架空)の猫の多さには驚いた。「現在、研究員の4割が何らかの動物アレルギーを持っています。でも皆、使命感に燃えているんです」と教授は笑う。私の鼻はもはや使命感だけでは持たなかった。
肉球認証システムは早くもペットオーナーたちの間で大きな反響を呼んでいる。「うちのミケが公式に認められたサインを残せるなんて感動です!」と語るのは、インスタフォロワー5万人の三毛猫「みけぽん」のオーナー・鈴木さん(34)。一方で、「うちの猫は警戒心が強くて、機械に肉球を押し付けるのを嫌がります」という声も。ペットサイン認証協会によると、認証拒否率は猫で76%、犬で23%とのことだ。特に猫は「自分の意思で押したい」という強い自我を持つ個体が多いようだ。
肉球認証の人気に伴い、関連ビジネスも急成長している。「肉球スタンプセット」は発売から1週間で3万セットを売り上げ、「我が家のにゃんこ専用肉球認証キーホルダー」も大ヒット中だ。さらに、ペットサイン認証協会は来年度から「肉球NFT」の発行も計画しているという。「ブロックチェーン技術と肉球認証の融合は、ペット業界に革命をもたらします」と犬養会長は目を輝かせる。
取材中、私の目に飛び込んできたのは「肉球風味ポップコーン」の試作品だった。「肉球の匂いを科学的に分析し、食品に応用したんです」と説明する研究員。恐る恐る口にしたが、予想外に甘くてスパイシーな風味で、映画館で売られてもおかしくない味だった。ただ、「肉球風味」という言葉のイメージとのギャップに戸惑いを隠せなかった。私の映画館ポップコーン巡りの趣味が、まさかこんな形で活きるとは思わなかった。
肉球認証システムは今後、ペットパスポートへの導入や、動物病院での本人確認、ペット保険の申請時の本人確認など、その用途は無限に広がる可能性がある。「根拠はどこ?」と問いたくなる数字の羅列や、突拍子もない技術の説明に、取材中何度も疑問を抱いたが、肉球太郎教授の熱意は本物だった。
帰り際、研究所の廊下に貼られていた「肉球認証成功事例」の写真を見て、思わず足を止めた。そこには様々な猫や犬の肉球写真が並んでいたが、なぜか全ての写真に「尊い」という単語が添えられていた。「推しカップルの尊さ」と「肉球の可愛さ」—この二つの感情は、不思議と近しいものがあるのかもしれない。鼻水とくしゃみに悩まされながらも、そんなことを考えた取材日であった。(みつき)