
京都・奈良・東京の人気観光スポットに、未来の自動販売機「TimeVend」が実験的に設置され、観光客の間で話題となっている。通常の自動販売機と見た目はさほど変わらないが、その仕組みは斬新だ。観光客が商品を購入すると、「過去のあなた」が選んだものが出てくるというのだ。
このプロジェクトを推進する「時空科学研究所」の浅倉徹也所長(68)によると、「TimeVendは量子もつれ理論と人工知能を組み合わせた革新的な技術です。観光地で商品を選ぶ際のあなたの脳波パターンを分析し、過去のあなたが同じ場所で選んだであろう商品を予測して提供します」と説明する。実際には過去からタイムスリップしているわけではないが、脳波や行動パターン、SNS投稿履歴などのビッグデータから「過去の自分」の好みを再現しているという。
東大阪出身の筆者も銭湯帰りに、京都・清水寺近くに設置された「TimeVend」を体験してみた。300円を投入し「おみくじドリンク」ボタンを押すと、画面に「2008年の夏、あなたが選んだのは…」というメッセージとともに出てきたのは懐かしの「午後の紅茶レモンティー」。確かに大学1年生の夏、社会学のフィールドワークで清水寺を訪れた際、喉が渇いて飲んだ記憶がある(気がする)。
利用者の中には感動の声も多い。東京から修学旅行で訪れた高校生の田中さん(16)は「画面に『5年前のあなたはこれを選びました』と表示され、小学生の時に好きだったイチゴ味のラムネが出てきて、なぜか泣きそうになりました」と話す。また、奈良の大仏前で「TimeVend」を利用した佐藤さん(42)は「『20年前のあなたはこれを選びました』と表示され、当時流行っていたエナジードリンクが出てきて、青春時代を思い出しました」と感慨深げだ。
しかし「TimeVend」の人気に便乗したトラブルも発生している。「過去の自分が選んだ」と偽り、賞味期限切れの商品を提供する偽「タイムスリップ自販機」が観光地周辺に出現。「1985年のコーラ」などと称し、単に古い商品を高額で売りつける業者も確認されている。大阪の商店街で育った筆者の経験からすると、こういう「うまい話」には要注意だ。
「時空科学研究所」の浅倉所長は「我々の技術は特許申請中で、正規の『TimeVend』には認証QRコードが表示されます。偽物にご注意ください」と呼びかける。なお、時空科学研究所のウェブサイトを確認したところ、住所は「東京都千代田区架空1-2-3 タイムビル8階」となっており、電話をかけても「お客様のおかけになった番号は、未来に転送されました」というメッセージが流れるだけだった。
観光庁の担当者は「『TimeVend』は新たな観光資源として期待されています。過去の思い出と現在をつなぐ体験は、観光地の魅力を高める可能性があります」とコメント。一方で「タイムスリップ」という言葉の使用については「誤解を招く恐れがある」として、表現の見直しを要請しているという。
いずれにせよ、「過去の自分」からの贈り物という設定は、観光客の心を掴む仕掛けとして機能しているようだ。これからの観光地では、ただ写真を撮るだけでなく、「過去の自分」との対話を通じて新たな思い出を作る——そんな不思議な体験が日常になるかもしれない。ただし、筆者が銭湯帰りに体験した「TimeVend」の横には、やけに新しい「ゴミ箱」が設置されており、多くの利用者が「過去の自分からの贈り物」を一口飲んでは捨てていく姿も見られた。過去の自分の趣味が、現在の自分に刺さるとは限らないようだ。