
ドイツと秋田のハーフで育った私が取材すべきは「ハムスター・グルメ協会」という不思議な団体だった。下北沢から都心へ電車を乗り継ぎ、目指したのは高級マンションの一室。「これがハムスター界の秘密結社…?」と思いながらチャイムを押すと、白髪混じりの小柄な男性が出迎えてくれた。
「やあ、ようこそ。私がハムスター教授だよ」
リビングに案内された私は、ガラスケースの中で優雅に頬袋を膨らませる茶色いハムスターに目を奪われた。
「彼が『グルメ王』だ。本名はポンタ。現在3歳2ヶ月で、世界62カ国の郷土料理を完食した唯一のハムスターだ」
ハムスター・グルメ協会は2019年に設立された秘密結社的組織で、会員数は世界で約3,000人。ハムスターの食の可能性を広げるため、様々な食材の安全性と嗜好性を研究しているという。私が「マインドはギャルなんで」と自己紹介すると、教授は「ハムスターのマインドは美食家なんだよ」と真顔で返してきた。
「普通のハムスターはヒマワリの種とペレットだけで満足するが、グルメ王は違う。彼の頬袋には世界の味が詰まっている」と教授。グルメ王の食歴は実に壮大だ。フランスのエスカルゴ(微量)、イタリアのリゾット、スペインのパエリア、タイのトムヤムクン、そして故郷・秋田の稲庭うどんまで、すべて特別に開発されたハムスターサイズの料理で提供される。
「最近では日本料理にハマっていてね。寿司の中でも特に玉子が好きなんだ。先週は高級店の大将が特別に作った一粒サイズの大トロを頬張ったよ。値段?まあ、1粒2万円くらいかな」
教授の説明によると、ハムスターの味覚は人間の約1.5倍敏感で、グルメ王は特に優れた味覚の持ち主だという。彼の評価は「頬袋膨らみ度」で表され、最高評価は「両頬パンパン★5」。これまで最高評価を得たのは、フランスの三ツ星レストランの特製リゾットだったそうだ。
しかし、グルメ王の野心はもはや地球に収まらない。
「次なる挑戦は宇宙食だ」と教授は興奮気味に語る。「NASAと極秘交渉中で、来年の宇宙船打ち上げに同乗させてもらう計画を進めている。宇宙空間での無重力状態における頬袋の膨らみ方と、宇宙食の味わいを調査するんだ」
プロジェクト名は「ハムナウト計画」。NASAの科学者たちも、ハムスターの頬袋が宇宙空間でどう機能するかに強い関心を示しているという。ちなみにこの計画、総予算は約2億円。すべて協会員の寄付で賄われるそうだ。1999年生まれの私は、2000年代に宇宙を目指すハムスターに複雑な感情を抱きつつも取材を続けた。
「宇宙食はどうやって評価するんですか?」と尋ねると、教授は特別に開発した「宇宙頬袋測定器」なるものを見せてくれた。無重力状態でも頬袋の膨らみを正確に測定できるという最新技術だ。
グルメ王の宇宙挑戦がきっかけとなり、協会は次なる野望として「ハムスター専用オーガニックグルメフード」の開発も進めている。すでに東京・青山の一等地に「HAMMY’S」という会員制ハムスター用レストランをオープン予定で、予約は半年待ちだという。
「最終的には、ハムスターと人間が同じテーブルで食事を楽しめる社会を作りたい」と教授。インタビューを終え、帰り際にグルメ王を見ると、彼は小さなハンモックで昼寝していた。その穏やかな寝顔からは、宇宙を目指す野心家の表情は微塵も感じられなかった。
小さな体に大きな夢を抱えるグルメ王の挑戦は、ペットの可能性を広げる革命的な一歩となるかもしれない。ただし、専門家からは「ハムスターの消化器官に負担をかけすぎではないか」との懸念も。協会は「すべての食材は厳選され、量も極小。むしろ通常の餌より栄養バランスは良い」と反論している。ハムスターたちの「食の革命」は、私たちの想像をはるかに超えた世界へと広がっているようだ。ちなみに取材後、私の猫のミケは「何かハムスターの匂いがする」と言わんばかりに、私の服をしきりに嗅いでいた。